双方向で作る日本人宣言(2009年7月7日案)
日本人宣言
日本人の多くが農山漁村で暮らしていたとき、川は空色に澄み、そこには魚たちが黒々と群れをなして泳いでいた。森にも海にも私たちの暮らしを支える自然の恵みが豊富にあって、森・川・海が村の基盤であった。都市はそんな村を必要とし、だからこそ都市と農山漁村は地域共同体を形成していた。ほんの50年ほど前まで、都市でも村でも、私たちの暮らしは自然とともにあり、私たちは自然の一部であった。
しかし今、かつての村は消え、山にも川にも海にも私たちの暮らしを支えた豊かさはなく、人工化した都市の増殖は自然と対立している。
戦後、人々は農山漁村から都市に駆り立てられ、山は切り崩され、海は埋め立てられ、川はせき止められ、すべては経済的合理性を理由に、日本人の暮らしは自然から切り離された。人々は、商品を大量に作り大量に買える社会で暮らせば豊かになると信じて村を捨て、企業社会という疑似共同体の中で懸命に働きながら都市に暮らすようになった。そして今、世界を均質に市場化するグローバリゼーションに私たちは巻き込まれ、地域共同体も疑似共同体も失った社会は孤独な失業者を街にあふれさせている。さらに、世界大戦を経て急速に発達した科学技術は、大量消費社会を支えるために使用された結果、人や生態系の健康が危ぶまれるほどに地球規模で自然環境を劣化させている。そして価値観の暴力的一元化に抗おうとする不安定化した世界において、再びこの国にも戦争の暗い影が忍び寄っている。
私たちはどこかで選択を誤ったのだろう。現在の延長線上に未来はないと感じながら、ただどうしようもなく、虚ろに議会制民主主義を傍観してきたのかもしれない。
だが、もとより私たちにとって最も大切なものは商品を買うための貨幣ではなかった。貨幣は、暮らしの手段の1つに過ぎなかった。日々の暮らしを脅かす貨幣など、私たちは想定していなかった。技術は消費に奉仕するものではなく、私たちの暮らしを豊かにする文化の一部であった。まして、あらゆる生命の存在を脅かす技術など、私たちは想定していなかった。
状況は小手先の対処療法で改善できる段階を過ぎ、持続可能な社会に移行することは容易でなくなっている。しかし、私たちが強い意志を持って変革に取り組む時期が遅れれば遅れるほど、持続可能な社会への移行に伴う混乱は大きくなり、移行後の社会の可能性は縮小し続ける。
それでもなお、政治権力は国家の経済発展をすべてに優先させ、貨幣権力は事実を隠しその伝達を妨げている。
持続可能な社会。それは経済発展を目指す社会ではなく、生命と健康の安全保障と地域共同体の再生とが経済発展よりも優先される社会である。
個人に解体された私たちは、経済発展を目指さない社会に移行できるだけの思想を共有するに至っていない。だからこそ私たちは、まず、持続可能な社会の礎となる普遍的な思想を再生し共有しなければならない。そして、都市と農山漁村の共同体を再生し、持続可能な暮らしを技術によって再生しなければならない。
150年ほど前、世界で最も美しく幸福な国だと海外で賞賛された日本である。私たちは優れた技術開発力を持ち、恵まれた気候風土の中で生きている。そして先人達が有史以前から自然とともに育んだ文化の灯火は、今ならまだ、消えていない。
以上のことを踏まえ、私たちは、普遍性を持ち得る時間幅の中で自らの暮らしを再考し、科学技術の使い方を改めるとともに、責任を持って議会制民主主義に共同参加することを、ここに宣言する。
2009年7月7日案
日本人の多くが農山漁村で暮らしていたとき、川は空色に澄み、そこには魚たちが黒々と群れをなして泳いでいた。森にも海にも私たちの暮らしを支える自然の恵みが豊富にあって、森・川・海が村の基盤であった。都市はそんな村を必要とし、だからこそ都市と農山漁村は地域共同体を形成していた。ほんの50年ほど前まで、都市でも村でも、私たちの暮らしは自然とともにあり、私たちは自然の一部であった。
しかし今、かつての村は消え、山にも川にも海にも私たちの暮らしを支えた豊かさはなく、人工化した都市の増殖は自然と対立している。
戦後、人々は農山漁村から都市に駆り立てられ、山は切り崩され、海は埋め立てられ、川はせき止められ、すべては経済的合理性を理由に、日本人の暮らしは自然から切り離された。人々は、商品を大量に作り大量に買える社会で暮らせば豊かになると信じて村を捨て、企業社会という疑似共同体の中で懸命に働きながら都市に暮らすようになった。そして今、世界を均質に市場化するグローバリゼーションに私たちは巻き込まれ、地域共同体も疑似共同体も失った社会は孤独な失業者を街にあふれさせている。さらに、世界大戦を経て急速に発達した科学技術は、大量消費社会を支えるために使用された結果、人や生態系の健康が危ぶまれるほどに地球規模で自然環境を劣化させている。そして価値観の暴力的一元化に抗おうとする不安定化した世界において、再びこの国にも戦争の暗い影が忍び寄っている。
私たちはどこかで選択を誤ったのだろう。現在の延長線上に未来はないと感じながら、ただどうしようもなく、虚ろに議会制民主主義を傍観してきたのかもしれない。
だが、もとより私たちにとって最も大切なものは商品を買うための貨幣ではなかった。貨幣は、暮らしの手段の1つに過ぎなかった。日々の暮らしを脅かす貨幣など、私たちは想定していなかった。技術は消費に奉仕するものではなく、私たちの暮らしを豊かにする文化の一部であった。まして、あらゆる生命の存在を脅かす技術など、私たちは想定していなかった。
状況は小手先の対処療法で改善できる段階を過ぎ、持続可能な社会に移行することは容易でなくなっている。しかし、私たちが強い意志を持って変革に取り組む時期が遅れれば遅れるほど、持続可能な社会への移行に伴う混乱は大きくなり、移行後の社会の可能性は縮小し続ける。
それでもなお、政治権力は国家の経済発展をすべてに優先させ、貨幣権力は事実を隠しその伝達を妨げている。
持続可能な社会。それは経済発展を目指す社会ではなく、生命と健康の安全保障と地域共同体の再生とが経済発展よりも優先される社会である。
個人に解体された私たちは、経済発展を目指さない社会に移行できるだけの思想を共有するに至っていない。だからこそ私たちは、まず、持続可能な社会の礎となる普遍的な思想を再生し共有しなければならない。そして、都市と農山漁村の共同体を再生し、持続可能な暮らしを技術によって再生しなければならない。
150年ほど前、世界で最も美しく幸福な国だと海外で賞賛された日本である。私たちは優れた技術開発力を持ち、恵まれた気候風土の中で生きている。そして先人達が有史以前から自然とともに育んだ文化の灯火は、今ならまだ、消えていない。
以上のことを踏まえ、私たちは、普遍性を持ち得る時間幅の中で自らの暮らしを再考し、科学技術の使い方を改めるとともに、責任を持って議会制民主主義に共同参加することを、ここに宣言する。
2009年7月7日案
カヌー・デ・SAKAE上陸大作戦 上陸日迫る!

いよいよカヌー・デ・SAKAE上陸大作戦の日が迫ってきました。
5/9(土)の当日に向けて私たちの想いは1つになりました。
そして、BENTEN、ガムラングループに続いて
広田奈津子さん、サダムさんが加わってくれました。
藤前干潟を守りきった辻さんも応援してくれています。
意志と心の繋がりが広がり続けています。
****2009年5月9日(土)作戦スケジュール*****
16:00 パレードステージ@久屋公園メインステージ
広田奈津子さんとシシによるラディカルトーク
パレードに鼓舞する和太鼓
16:30 久屋公園からパレードスタート
20艇以上のカヌー、たくさんの鯉のぼり、無数のシャボン玉、祈りのバルーンと数百人が音楽と共に栄の街をパレードします。
17:20 パレードステージ@久屋公園メインステージ
サダムさんとシシによる祈りのポエトリーリーディング
18:00 フィナーレステージ@久屋公園メインステージ
祈りの歌や民族音楽が満月の夜に祈りと奉納を厳かに捧げます。
**************************
5/9の天気予報は晴れ!暑く、熱くなりそうです!
さあ、あなたも一緒に、カヌーや鯉のぼりを持って栄の街を歩きましょう。
私たちの愛知
私たちひとりひとりが真実を求め、
ひとりひとりが意思を表明することが、
わたしたちの望む愛知を実現するはじめの一歩です。
私たちは、地球に感謝し行動するハレの日のアースデイに行動します。
晴れやかに
気持ちよく
川を流れるカヌーに乗って
さあ、あなたもアースデイに出かけませんか。
カヌーと魚で埋め尽くされたいのちの道を見とどけに。
カヌー・デ・SAKAE上陸大作戦
ひとりひとりが意思を表明することが、
わたしたちの望む愛知を実現するはじめの一歩です。
私たちは、地球に感謝し行動するハレの日のアースデイに行動します。
晴れやかに
気持ちよく
川を流れるカヌーに乗って
さあ、あなたもアースデイに出かけませんか。
カヌーと魚で埋め尽くされたいのちの道を見とどけに。
カヌー・デ・SAKAE上陸大作戦
ミカワオワリの大首長への手紙
海からわき上がる雲が
山に雨をふり注ぐ。
生い茂る森の土は雨を吸い、
森が動物たちに住みかと食べものを、
草木と動物たちの屍は、
実りをもたらす肥やしとなって
土とともに流れ出す。
川を流れるまぶしい水は
渇きをいやし
カヌーを運び
めぐるいのちを運ぶ。
ときに訪れる嵐とともに
やせた大地にかぐわしい土を運び、
また海に帰ってゆく。
川は、空と、森と、海とを結ぶ、
いのちの道。
わたしたちはその道をたどって
その流れとともにそこに来た砂の浜辺に立ち
どこまでも続く青い海を見た。
あらゆるものがつながっている。
この命の織物を織ったのはわたしたちではない。
わたしたちはそのなかの一本の糸に過ぎない。
大地が私たちに属しているのではない。
わたしたちが大地に属しているのだ。
母なる大地と父なる空をつなぐ命の流れを
あなたの子供のそのまた子供たちのために
守り続け
私たちが愛したように愛して欲しい。
いつまでも
どうか いつまでも
*この手紙は、シアトル首長がアメリカ第14代大統領に宛てた手紙を一部引用しています。
出典:”父は空 母は大地”寮美千子訳
カヌー・デ・SAKAE上陸大作戦
山に雨をふり注ぐ。
生い茂る森の土は雨を吸い、
森が動物たちに住みかと食べものを、
草木と動物たちの屍は、
実りをもたらす肥やしとなって
土とともに流れ出す。
川を流れるまぶしい水は
渇きをいやし
カヌーを運び
めぐるいのちを運ぶ。
ときに訪れる嵐とともに
やせた大地にかぐわしい土を運び、
また海に帰ってゆく。
川は、空と、森と、海とを結ぶ、
いのちの道。
わたしたちはその道をたどって
その流れとともにそこに来た砂の浜辺に立ち
どこまでも続く青い海を見た。
あらゆるものがつながっている。
この命の織物を織ったのはわたしたちではない。
わたしたちはそのなかの一本の糸に過ぎない。
大地が私たちに属しているのではない。
わたしたちが大地に属しているのだ。
母なる大地と父なる空をつなぐ命の流れを
あなたの子供のそのまた子供たちのために
守り続け
私たちが愛したように愛して欲しい。
いつまでも
どうか いつまでも
*この手紙は、シアトル首長がアメリカ第14代大統領に宛てた手紙を一部引用しています。
出典:”父は空 母は大地”寮美千子訳
カヌー・デ・SAKAE上陸大作戦
水没する村の言葉
設楽ダム着工のために必要な最終手続きとしての調印式で、利害関係者が以下のことばを残しています。
●水没地区住民代表:大久保誠一さんのことば
「本当に長い間、このダム計画と戦ってきた。今日の結末を知ることなく、他界した者も少なくない。補償基準の内容は、要望がすべて取り入れられたものだとは思っていないが、時代の流れや現在の社会情勢を認識し妥結を決めた」
大久保誠一さんとは何度もお会いし、とても長い時間いろいろな話を聞かせていただきました。大久保さんは長年ダム建設反対運動の中心にいらっしゃり、いまでもダム不要論者ですが、愛知県民、日本国民の”総意”が建設推進であり、山村部落が巨大な公権力にあらがうことは容易ではなく、容認せざるを得ないため、補償条件闘争に切り替えられました。この日をどんな気持ちで迎えられたか、大久保さんの言葉にその気持ちがにじみ出ていると感じます。
(”総意”・・・推進する首長・地方議員・国会議員を選挙で選んだという意味で総意と書きました。)
●加藤設楽町長のことば
「長年にわたる町民の、特に水没地権者の気持ちにしっかり応えていただきたい。そして生活再建、地域再生などの約束をきちんと果たし、設楽ダムを東三河上下流域の一体的発展につながる“後世に残る立派なダム”にして欲しい」
“後世に残る立派なダム”とはいったいどんなダムなのでしょうか。すでに十分水余りの状態で、下流域の洪水調節機能は極めて限定的で、三河湾の生態系はダム建設によって大きな被害を受けるという事実が判明しています。
●神田愛知県知事のことば
「国や下流市町、町の皆さんと力を合わせて、生活再建や町の活性化の柱となる地域振興策に真摯(し)に取り組んでいく」。
ダムが地域振興に役立った例は過去にありません。ダム建設は地域共同体を徹底的に破壊し、補償金を受け取った人々はあぶく銭で転落の一途をたどるというのが実態です。神田知事が取り組んでいるのは、地域振興などではなく、目立たない山村部落を犠牲として、盲目の有権者から徴収した税金を使って、沈みゆく国と愛知県を統制している一部特権階級者が持つ権益を守ることです。
●国交省幹部の言葉
「東三河の安全と安心のために重要な施設。一日も早く事業が完成するよう一層努力する。地域振興策も誠意を持って取り組んでいく」
”東三河の安全と安心のために重要な施設”というのは明らかな誇張であり有権者を欺くための隠れ蓑です。真に安全と安心を考えるならば、下流域での堤防決壊を防止するために古くから活用されてきた不連続堤防をわざわざ閉じ、その周辺での宅地開発を推進するはずがありません。
昨日の朝日新聞には、河川行政について識者論文が複数紹介されていました。それによると、欧米ではすでにダム建設や河川の直線化による河川環境の人工化は否定され、河川環境を自然状態に戻す取り組みが実施されています。
●水没地区住民代表:大久保誠一さんのことば
「本当に長い間、このダム計画と戦ってきた。今日の結末を知ることなく、他界した者も少なくない。補償基準の内容は、要望がすべて取り入れられたものだとは思っていないが、時代の流れや現在の社会情勢を認識し妥結を決めた」
大久保誠一さんとは何度もお会いし、とても長い時間いろいろな話を聞かせていただきました。大久保さんは長年ダム建設反対運動の中心にいらっしゃり、いまでもダム不要論者ですが、愛知県民、日本国民の”総意”が建設推進であり、山村部落が巨大な公権力にあらがうことは容易ではなく、容認せざるを得ないため、補償条件闘争に切り替えられました。この日をどんな気持ちで迎えられたか、大久保さんの言葉にその気持ちがにじみ出ていると感じます。
(”総意”・・・推進する首長・地方議員・国会議員を選挙で選んだという意味で総意と書きました。)
●加藤設楽町長のことば
「長年にわたる町民の、特に水没地権者の気持ちにしっかり応えていただきたい。そして生活再建、地域再生などの約束をきちんと果たし、設楽ダムを東三河上下流域の一体的発展につながる“後世に残る立派なダム”にして欲しい」
“後世に残る立派なダム”とはいったいどんなダムなのでしょうか。すでに十分水余りの状態で、下流域の洪水調節機能は極めて限定的で、三河湾の生態系はダム建設によって大きな被害を受けるという事実が判明しています。
●神田愛知県知事のことば
「国や下流市町、町の皆さんと力を合わせて、生活再建や町の活性化の柱となる地域振興策に真摯(し)に取り組んでいく」。
ダムが地域振興に役立った例は過去にありません。ダム建設は地域共同体を徹底的に破壊し、補償金を受け取った人々はあぶく銭で転落の一途をたどるというのが実態です。神田知事が取り組んでいるのは、地域振興などではなく、目立たない山村部落を犠牲として、盲目の有権者から徴収した税金を使って、沈みゆく国と愛知県を統制している一部特権階級者が持つ権益を守ることです。
●国交省幹部の言葉
「東三河の安全と安心のために重要な施設。一日も早く事業が完成するよう一層努力する。地域振興策も誠意を持って取り組んでいく」
”東三河の安全と安心のために重要な施設”というのは明らかな誇張であり有権者を欺くための隠れ蓑です。真に安全と安心を考えるならば、下流域での堤防決壊を防止するために古くから活用されてきた不連続堤防をわざわざ閉じ、その周辺での宅地開発を推進するはずがありません。
昨日の朝日新聞には、河川行政について識者論文が複数紹介されていました。それによると、欧米ではすでにダム建設や河川の直線化による河川環境の人工化は否定され、河川環境を自然状態に戻す取り組みが実施されています。



